korukoru

考えたこと,学んだこと,研究メモ etc. を不定期に綴ります。

「英借文」と「剽窃」のあいだ

少し前に,水本篤先生がご紹介されていた下記の論文を読んだ。
Coleman, J. A. (2014). How to get published in English: Advice from the outgoing Editor-in-Chief. System, 42, 404-411. doi:10.1016/j.system.2014.01.004
SystemのEditor-in-Chiefを3年間務めたColeman教授による,国際ジャーナル投稿に関するアドバイスをまとめた論文である。

1. Introduction以降の見出しは以下の通り。

2. Why publish?
3. Thesis and article
4. Basics
5. English is not my native language
6. The submission, peer review and publication process
7. Peer review
8. Feedback to authors
9. From revision to publication
10. Ethics of research and publication
11. Open access and predatory junk journals

各節で書かれているのは
  • 何故,論文を執筆するのか?*1
  • 学位論文と投稿論文の違い
  • 英語が母語でない研究者は,ネイティブの研究者よりも不利でないか?
  • 投稿から出版までのプロセス
などなど。
国際ジャーナルへの投稿に限らず,研究や各種論文執筆にも有益な論文だと感じた。

この論文中で,特に興味深かったのが10. Ethics of research and publication内の以下3項。

  • 10.4. Plagiarism
  • 10.5. Checking for plagiarism
  • 10.6. Self-plagiarism
全て「剽窃」に関する項で,特に剽窃検証のためのソフトウェアや自己剽窃(self-plagiarism)に関する箇所は勉強になった。
また,10.5項の最後には "textaul" な剽窃*2に加えて,以下のような "methodological" な剽窃の例も挙げられている。

Cost is a concern when the pencil-and-paper version of the test is replaced with computer-based version [...] learners achieved better on the paper-based test than on the computer-based test as a variant of the plagiarised source text

Cost is a concern when pencil-and-paper versions of tests are replaced with computer-based tests [...] learners performed better on the paper-based test than they did on the computer-based one.
(Coleman, 2014, p. 410)

Method / Methodologyでも適切な書き換え・引用が要求される*3という点は,追試(replication)・メタ分析(meta-analysis)が推奨されている昨今,更に重要性を増しているようにも感じた。*4

さて,上記の剽窃に関する項に興味を惹かれていたところに,下記の興味深い話題を拝見した。














森岡正博先生のツイートに端を発した,所謂「英借文」はどの範囲まで有効なのか,という話題だ*5
複数の分野を跨いで,水本篤先生,大久保街亜先生,澤幸祐先生がご意見を述べられているが,大別すると以下5点に分類できるのではと思う次第である。
  • 論文の全ての箇所で,適切な書き換え・引用が為されるべきである。
  • 上記のColeman (2014)の「"methodological" な剽窃」と同様,「論文の全ての箇所」にはmethodやapparatusを含む。
  • 「英借文」に頼る/頼り過ぎるのは良くない。最大限,自分自身の表現を使用すべき。
  • しかし,専門分野毎に特有の4-gram以下の表現に限り,むしろ積極的に学ぶ/ストックするべき(?)
  • 但し,文を丸々借用するのは,明らかに剽窃の範囲である。

文を丸々借用=剽窃は,私も異論なく同意である。だが,定型句はどうだろうか? そもそも,定型句の範囲は何語までだろうか?
上記のやり取りの中で水本篤先生が挙げられているHyland (2008)の論文をはじめとして,所謂「定型句」*6に関する研究では,各分野*7に特有の定形表現がある報告・その報告に基づく教育的示唆が為されている。
また,冒頭のColeman (2014)の中でも以下の通り,

"Because all academic articles contain some set phrases (such as 'questionnaire developed by the researchers', '... was found to be significant' or 'pedagogical implications might include...'), and because the use of formulaic expressions or 'chunks' is part of all language use, including academic writing, we expect to find a low percentage of unoriginal text. But any score above the norm of pre-used phrases leads us to compare the two texts in detail.
(Coleman, 2014, p. 410)

Academic writingにおいて頻繁に使用される定型表現であれば,一定の(低い)割合を越えない限りは借用可と述べられている。
すると,論文全般に応用可能な表現・自身が所属している分野特有の表現は覚えておくに越したことはなく,実際そのような表現のストックを推奨する指導書・表現を集めた表現集も枚挙に暇がない。
心理学のための英語論文の基本表現 心理学論文道場―基礎から始める英語論文執筆 英語論文によく使う表現 英語論文すぐに使える表現集 英文レポートの書き方とすぐに使える例文集 Judy先生の 英語科学論文の書き方 (KS語学専門書) 英語論文基礎表現717 英語論文表現例集―すぐに使える5,800の例文
そして私自身,一例として研究の目的を述べる際には "The purpose of this study is. . ." や "The present study aims to. . ." といった表現を定型的に,剽窃・自己剽窃の意識なく今まで利用してきた。

という訳で,「英借文」や「剽窃」について改めて考える機会が重なり,この記事を書くに至った次第である。
英語の学術論文における「英借文」や「剽窃」ということで,普段の writing の指導と似ている点も異なる点もあり,勉強になった。同時に,この「英借文」と「剽窃」のあいだ問題(?)について,明確な解決策は未だ出ていない。
最もシンプルな解決策は, "writing" 力を鍛えて,英借文に全く頼らなくて済む書き手になるということだろう。しかし,仮に英語のネイティブでも,特有の定形表現に全く頼らずに書くということは難しいようにも思う*8
従って,今の私が考えつく折衷案は,以下2点である。

  • "paraphrasing" や "summarizing" の技術を鍛える。
  • できる限り多くの表現をストックして,かつ自由自在に扱えるようにする。
つまり
  • 語単位のみならず,節単位・文単位での言い換えや要約に慣れた上で,
  • 定形表現のストックの中から最適なものを引き出し
  • 更に自分自身で語単位・節単位・文単位・意味単位等で適宜アレンジできれば,
最低限悪くない選択肢ではないだろうか*9。また,このプロセスに精通すればする程,自身の writing の技術も向上し,英借文に頼らずに済む機会も増えるようにも思う。
とは言え,一言で言えば「地道に書き続けるべし」の一言に尽きるとも思うので,今回考えたことを忘れずに私自身頑張らねば。

以上,本日考えたことはこの辺りで。どうもお疲れ様でした。
最後に,ツイートを引用させて頂いた先生方(特に,冒頭の論文をご紹介して下さった水本先生)に感謝致します。また,全てのツイートは本記事と無関係であり,本記事の内容に関する責任は全て私にあることを申し添えておきます。

*1:或いは,執筆しなければならないのか?

*2:コピペ等,所謂「剽窃」とされるもの。

*3:"methodological" な剽窃に関しては,分野にもよるようだが。

*4:

尚,SLA研究/英語教育研究における追試・メタ分析の必要性に関しては,以下の記事や書籍を参照のこと。
Replication Research in Applied Linguistics (Cambridge Applied Linguistics)
■ "英語教育研究における追試(replication)の必要性 - メソ研 in 秋田 - ひとりごと"
■ "ケンカの後始末,またはSpada & Tomita (2010)について。 - 教育方法学でつっぱる"
■ "メタ分析はすべきではない? - Mizumoto Lablog"
■ "ブログ記事「メタ分析はすべきではない?」へのレスポンス - Togetterまとめ"

*5:というように私は解釈している

*6:

phrase, collocation, idiom, chunk, multiword unit, lexical bundle, formulaic sequenceなどなど,呼称や定義は多岐に渡る。詳しくは,
Formulaic Sequences: Acquisition, Processing and Use (Language Learning & Language Teaching, 9) Formulaic Language and the Lexicon Formulaic Language: Pushing the Boundaries (Oxford Applied Linguistics)
等を,参照のこと。

*7:研究分野だけでなく,論文のような媒体,書き言葉と話し言葉,母語,所属組織,学習環境等の様々な分野を含む

*8:少なくとも私は,日本語に関してそうである。但し,私が未熟な書き手である可能性も充分に考えられるが…。

*9:当然ながら,「剽窃」に関する知識や注意は持った上での話である。